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Twitterを鍵付きにしましたー。

「Twitterを始めるとブログを書かなくなる」
とはよく言われていることですが、チチもまさにその典型。

でもあんまり報告しないのもあれだなあということで、幽霊アカウントになってたTwitterの方で色々書くことにしました。鍵付きで、知っている人にのみ公開ということにします。

アカウントはコチラです。

よろしくでっす。
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アオのメッセージ

アオは最近文字を書きます。

これまで一文字ずつでしたが、今日はじめてことばを書きました。

幼稚園はじまって生活リズムと出費がだいぶ変わって悶絶してる両親へのメッセージでしょうか。



確かにこれさえあればなんでもできます。

1,2,3, ダー!!!!

絵本大好きなアオの影響で絵本の世界にはまったチチ

アオは絵本が大好きです。

うちではアニメとか観ない方針ですから、アオが物語の世界に触れるのはもっぱら絵本になります。

物語の基本は「行って、帰ること」だと、神話学者のジョセフ・キャンベルが看破していますが、これはとても当を得た視点かと思います。どこかに旅立ち、自分の持つ何かと新たな何かを交換し、帰ってくる。

それが神話、ひいては物語全般の骨格であると。

これは、イニシエーション(通過儀礼)の象徴であると、キャンベルは言っています。
つまり行って帰ることで、ひとつ大人になるという事です。

「初めてのお使い」がまさにそうですね。
一人でお店に出かけ、お金と品物を交換して帰ってくる。

その時、金品と同時に「子供である自分」と「少し大人になった自分」を交換して帰ってくるのです。
「初めてのお使い」が人気なのも、極めて端的かつ強力に物語の本質を突いているからなのかも知れません。

宮崎アニメの「となりのトトロ」もそうですね。メイとサツキが藪をくぐり抜けてトトロの世界に行って、帰ってくる。行って帰る過程で、メイが少しオトナになるというのが、この物語の骨格になります。桃太郎だって鬼ヶ島に行って帰るお話ですし、浦島太郎だって竜宮城に行って帰る話ですからね。

これを踏まえると物語というのは、読み手にとってイニシエーションの疑似体験という性質を持ちます。
オトナになる階段を登るイメトレってことですね。だからこそ物語はきわめてカンタンに子供のロールモデルとなり得るのです。

チチはそんな屁理屈をこねくりまわす男ですので、アオと「物語」の関わりを大事にしたいと思っているのです。

そんなめんどくさいチチの元に生まれたアオは絵本が大好きです。

たまにハハの仕事が忙しい時などチチが預かるのですが、チチは年がら年中図書館に注文しているので、たいていアオを連れて図書館に行き、一緒に絵本を読んで帰って来ます。また自宅にも祖母から贈られたり、知人からもらったりした絵本が山ほどあります。なのでアオの読書量は半端ないです。

その殆どをチチかハハが読み聞かせるのですが、そうやって読んでいるうちにチチはだんだん絵本の世界にはまってしまいました。

やはりディック・ブルーナの絵本は良いです。
装飾を最大限排したミニマムな感じがたまりません。いわゆる「ミッフィー」は、福音館の「うさこちゃん」版と、講談社の「ミッフィー」版の2種類が出ていて、訳が微妙に異なります。

内容は全くおんなじなのに、訳し方の違いで主人公のキャラがまるで違ってしまうのが面白いんです。
「うさこちゃん」は引っ込み思案でおとなしい子。文章も独り言のようなニュアンスがあります。
一方の「ミッフィー」は積極的に読者に語りかけてくる快活な子。

ブルーナの絵には「うさこちゃん」の方が合うような気がするのですが、これはまあ個人差があるでしょう。

また有名どころですが、かなり驚いたのは「ア◯パ◯マ◯」。アオが紙芝居をせがむので読んだのですが、ストーリーがあんまりにもペラッペラなので、途中で話を作り替えてしまいました。ア◯パ◯マ◯の何が悪いって、ア◯パ◯マ◯自体は一切成長しない。バイキンマンをぶっ飛ばして終わりなんですから。乱暴この上ない話です。

話の作り手として、や◯せ◯か◯とブルーナは月とすっぽんと言ってよいくらい、レベルの差があると言ってよいでしょう。

そんなひねくれた見方をしながら色々な絵本を読んでいるのですが、最近衝撃を受けたのは、安野光雅。

「ふしぎなたね」という作品があるのですが、これが話も絵も装丁も全てが美しいこと。

「美しい数学」という絵本シリーズの一作なのですが、このシリーズ名からしてチチのツボです。

数学、化学、物理、幾何学…、そういったいわゆる「理系」って、本来とても美しいものだとチチは思っています。
ですが今の学校教育ではなかなかその「美」に触れることができません。ですがこの世の不思議に向い合っていく上で、この「美」を見出す感覚がとても助けになるのではないかと思うのです。この世を暗く救いようのないものと見なすか、美にあふれたものとみなすか。後者の方がおそらく幸せな人生を送れる可能性が高いでしょう。

今のうちにその「美」を知っておけば、例え将来学校で理系の授業がどんなにつまんなくても、本当に理系嫌いにならずに済むはずです。理系に限らず、あらゆる学問の中に「美」は含まれています。教育者が伝えるべきは、その「美」にあると、チチは思っています。

ですが残念ながら、「美」を教えられる人は本当に限られています。
教訓を言い聞かせたり、得難い知識を提供してくれる人はたくさんいますが、学問が内包する美を伝えられる人、伝えようとする人はあまりいません。知恵を美しく装飾することはあっても、知恵そのものの美しさを形にするのはかなり高度な知性が必要となるのです。

ですがブルーナは「人間の営み」の、安野光雅は「この世の理」の美しさを、かなりダイレクトに伝えてくれています。そんな二人の作家に出会えたのは、アオにとってとても素敵なことに違いありません。

こんなレベルの作家がほかにもごろごろいるとしたら、絵本の世界は奥が深すぎです。

絵本については他にもいろいろ喋りたいことがあるのですが、今日はこのへんで。

「音のてらこや」演奏会に衝撃をうけた

チチは行けませんでした…。

でもアオはいい感じにやりあげたそうです。

私は動画で観たのですが、とてもいい雰囲気だったみたいです。

というか驚いたのが、ピアノのセッション。
先生のまゆちゃんと子供が連弾でピアノを弾くのですが、完全な即興にも関わらず、きちんとした音楽になってるのです。

子供が自由に弾くのにあわせて、まゆちゃんが伴奏をする。それがとても楽し気な音楽なのです。

チチはかつてピアノを習ってたのですが、まったく上達しませんでした。延々と続く指の運動に耐えられなかったからですが、こういう風に音楽を習えたなら、もっと音の楽しみ方を知ることができたのではないかと思います。

思うに「楽しみ」というのは、楽しみ方を知っている人に教えてもらう必要があります。
子供に大人が伝えるべきことのひとつに「世の中にある楽しいことを教える」というのがあるように思います。
それには、大人自身が楽しむのが一番です。

ともかく、「音楽ってのは、こういうことなのか」と、動画で観ただけの私ですら衝撃を受けたので、きっとかなり先進的な会だったと思います。もうちょっと早く日程わかれば時間空けられたのになー。

ちなみに出演料は笛になるラムネや、先生の二人がひとりひとりに書いてくれた心のこもったお手紙でした。

てらこやは3月末から再スタートする予定。つぎの演奏会は夏のほおづき市を予定しているそうです。

「音のてらこ屋」演奏会にアオがでます

アオは最近、毎週水曜日に「音のてらこや」に通ってます。

芸大を出た二人がお寺の境内をつかってやっている、音楽教室みたいなやつです。楽器に触れたり音楽に合わせて踊ったり、まずは文字通り「音を楽しむ」集まりです。その活動の経過報告として、演奏会が行われることになりました。ここ数週間はその練習に余念がありません。アオも出演します。

詳細は以下の通り。

〈音のてらこや演奏会〉詳細
3月3日(土) 根津教会 
開場:13時半 開演:14時
入場料1000円(中学生以下無料)

子供の演奏会に入場料1000円なんて、とチチは思ったりしたのですが、なんとこの収益は出演者への出演料として支払われるそうです。「子供とは言えステージでパフォーマンスするのだから、ただというわけにはいかない」という思いが込められているのだとか。これは素晴らしいことだと思います。

若いしベテランの音楽教師とかに比べたら拙い部分もあるかと思うのですが、てらこやを主宰する二人はなにかとても大切なことを子供たちに手渡してくれようとしてくれています。

IMG_3293.jpg

ちなみに私はいけません…(泣)

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プロフィール

きたろう

Author:きたろう
きたろうです。2008年10月21日にめでたく第1子アオが誕生しました。それにまつわるてんやわんやを書き留めていきます。

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